約1年に渡って実施してきたビザンティン皇帝の人気投票の結果発表です。
投票頂いた皆様には、厚く御礼申し上げます。
なお、青字のコメントは皆様から頂いたコメントの一部、茶色のコメントは管理者コンスタンティノープルからの使者の私見です。
| アンケートの概要 | |
| 企画者 | フェニックス様(賛助会員、コンスタンティノープル元老院議員、プロートスパタリオスにしてテマ・テッサロニカ長官) |
| 期間 | 2002/11/20-2003/10/27 |
| 有効回答数 | 100件 |
| ノミネート者一覧表 | |
| 順位 | 人名 | 得票数 | ||
| 第1位 | ユスティニアヌス1世(大帝) | Justinianus�� | 17票 | |
| 在位:527-565 | ||||
| 山川の教科書に載っているのはこの人だけ! やはりビザンツ随一の知名度の高さに一票 栄えある第1位は、唯一世界史の教科書に載っているということで、抜群の知名度を誇るユスティニアヌス帝でした。 他には、 法典編纂から大遠征までまさに大帝と呼ぶにふさわしい。 あるいは 業績の偉大さでは右に出るものはなし。だと思います・・・。、 偉大なるローマ帝国の復活を夢見、実現させた大帝。その雄大さに1票。 と、彼の事業を称えるコメントが寄せられましたが、中には ユスティニアヌス本人より、皇后テオドラが好き。 皇后テオドラの助の功で帝座を守りぬいた皇帝である点がユニークです。 というのもありました。 そう、すべてはテオドラのおかげ。ユスティニアヌスよ、汝にかかる栄誉をもたらした妻に感謝せよ(笑)! <使者のコメント> やはり教科書に載っているということの効果は大きいですね。 後世への影響力という点では、確かにユスティニアヌスが一番です。彼は旧西ローマ領の回復を成し遂げ、聖ソフィア大聖堂と「ローマ法大全」という人類にとって2つの大きな遺産を残しました。後世「大帝」と呼ばれるだけの立派な治績を残していると言えるでしょう。それは否定の余地がありません。 しかしながら、教科書には書かれていませんが、一方でユスティニアヌスはローマ帝国に大きな負の遺産も残しました。相次ぐ戦争や建築事業で国家財政を破綻させ、それを補うために重税を課して都市や農村を荒廃させたこと、西方の征服に傾倒する余りに北方の防備を怠り、バルカン半島にスラヴ人やアヴァール人の侵入を招いたこと、そして何よりこれらのことにより彼の死後すぐに帝国が滅亡の危機に陥ったこと…これらを考えると手放しで彼を賞賛してよいものなのでしょうか?私としては非常に複雑な思いを抱かざるを得ません。皆さんは、どうお考えでしょうか? |
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| 第2位 | コンスタンティノス11世ドラガセス | Konstantinos XI Doragases | 第16票 |
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| 在位:1448-1453 | ||||
| 「コンスタンティノープルの陥落」だっけかを読んだから これもやはり塩野七生作品に登場していることゆえの知名度か? ユスティニアヌスと1票差で、史上最後のローマ皇帝コンスタンティノス11世が第2位となりました。 <使者のコメント> 「亡国の君主」で、ここまで人気の高い人物が他にいるでしょうか? 私は彼を世界史上最も人気の有る亡国の君主と呼びたい。 彼を一国の君主して冷静にみるならば、何も治績を残せていません。むしろ千年以上続いた国家、いや一つの文明を滅亡させてしまった皇帝です。なのに、ここまで人気なのは何故か? それはおそらく彼の最期が、日本人の心情に訴えかけるものがあるからでしょう。それは、 やはり、徹底抗戦をしてビザンティン帝国とともに死んでいったこの人。 判官びいきですが、やっぱりこの人が印象に残ります。 というコメントが端的に現しています。有能であったにもかかわらず時勢に恵まれず、それでも最後の最後までローマ帝国の維持に奮闘し、そして散っていった彼を悪く言うことの方が難しいかもしれません。それには敵であるオスマン朝のファンをして、 オスマン帝国側を代表して、彼に敬意を捧げます。 と言わしめるだけのものがあるのは当然でしょう。 しかし、ここで私はあえて言いたい。「亡国の君主」がベスト2で良いのか?と。私にとってもコンスタンティノス11世は、好き嫌いで言えば圧倒的に「好き」な部類に入る人物です。ですが、彼より前の時代、帝国がもっと輝いていた時代にあれだけ有能な皇帝達が沢山いたのに彼が2位というのは…私はアンビバレントな思いを抱かざるを得ません。 |
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| 第3位 | バシレイオス2世”ブルガロクトノス” |
Basileios �� Bulgaroktonos |
13票 | |
| 在位:976-1025 | ||||
| 文武両道。禁欲的なとこもいいです。 やはり強いというイメージがあります。 捕虜送還の凄まじさ。国家の最盛期を現出した、鋼鉄の意志ある最強の皇帝。 第3位は、ビザンティン帝国最強の皇帝バシレイオス2世です。 寄せられたコメントもその強さを称えるものでした。彼は「文」に関しては端から興味はなかったようなのですが…。 それにしても、 世界史の教科書はおろか、用語集、資料集にも載っていない・・・・ あれだけの実績を成し遂げたにも関わらず、この待遇。この国の世界史教育の貧困さを思わずにはいられませんね。 <使者のコメント> 文句なしのベスト3入り。順位が3位は低すぎる、という声は出るかもしれませんが…。 彼の場合ブルガリア人捕虜への処遇をどう取るかによって評価が分かれるかとは思いますが(あれを残忍と思う人がいて当然)、実績だけでいえばユスティニアヌスと1・2を争う偉大な皇帝。やはり知名度の差が票差となって現れたと言えるでしょうか。彼をはじめとするマケドニア王朝の諸帝は、本来もっと大きく注目されても良いのでしょうが…。 | ||||
| 第4位 | ヘラクレイオス | Herakleios | 8票 | |
| 在位:610-641 | ||||
| これほど悲しい人も少ないでしょう。 その波瀾万丈の人生に票を捧げたい。 初めて知った時は震えました。 人生の有為転変を感じます。 第4位は「悲劇の英雄」ヘラクレイオスです。 歴史上、彼ほど輝かしい栄光と転落の悲劇を味わった人物もいないでしょう。 「人生とは何なのだろう…」と考えさせられてしまいますね。 <使者のコメント> 彼も文句なしのベスト4。知名度が高ければコンスタンティノス11世のような判官びいきもあるんでしょうが…ビザンティンの場合、本来もっと大きく取り上げられるべき皇帝が忘れられていることが多すぎますね。私はヘラクレイオスが大好きなので、これ以上コメントするのは差し控えさせて頂きます。語り出すと長くなりますので(笑)。 |
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| 第4位 | アレクシオス1世コムネノス | Alexios �� Komnenos | 8票 | |
| 在位:1081-1118 | ||||
| 瀕死の帝国を立て直し、政戦両略に優れているから 第1回十字軍をそれなりに上手く裁いた手腕も評価。 ヘラクレイオスと同数で第4位に並んだのは、コムネノス朝の開祖アレクシオス1世。 貴族の反乱と外敵の侵略で滅亡寸前だった帝国を見事に再建し、東地中海の強国としてなお100年寿命を延ばした英主がベスト5入りは当然! <使者のコメント> 彼も文句なしの第4位。専制君主制の建前を残しつつ、貴族連合政権として帝国を再編し、まさに「構造改革」を成し遂げた英主。どっかの口先だけ首相とは大違い! 全盛期を過ぎ、衰退しつつある国家を改革・再生し、滅亡を先延ばしした彼の手腕こそいまの日本に必要なのかもしれません。 彼も、 名前が格好いい! それに娘アンナの歴史書も興味深い(読みたい)。 と言う意見があったように、娘アンナの書いた伝記「アレクシアス」が邦訳されればもっと注目されるかもしれません。 |
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| 第6位 | テオドロス1世ラスカリス |
Theodoros �� Laskaris |
7票 | |
| 在位:1204-1222 | ||||
| 彼が帝国を救った!!皇帝になるのが10年はやければ・・・・ ビザンティン史を飾る有能な皇帝たちに続いてランクインしたのが、初代ニカイア皇帝テオドロス1世。 <使者のコメント> 意外にも多くの票を集めたのが、このテオドロス1世。彼が何故…。 |
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| 第7位 | コンスタンティヌス1世(大帝) | Constantinus �� | 4票 | |
| 在位:306-337 | ||||
| 亡国の君が一番人気で、建国(都)の祖が0票って何だか可哀想。。。
コンスタンティノープルの建設者コンスタンティヌスは第7位でした。 <使者のコメント> ローマ史では絶対に見過ごす訳には行かない皇帝コンスタンティヌス。 どっちかというと古代ローマ帝国時代の皇帝という印象があったせいか、票が少なかったですね。 |
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| 第7位 | マヌエル2世パライオロゴス | Manuel �供�Palaiologos | 4票 | |
| 在位:1391-1425 | ||||
| 苦悩しつつも落日の中で出来うる限りのことをやった彼が好きです。 世が世なら、とはこの人を言うのでしょう。200年早く出て欲しかった…。 同じく第7位は、滅亡寸前の帝国の存続に全力を尽くしたマヌエル2世。 <使者のコメント> 息子のコンスタンティノス11世もそうですが、有能ながら時勢に恵まれず苦悩に苦悩を重ねたマヌエル2世。 それでも、瀕死の帝国を維持するために努力を重ねた彼の生涯には打たれるものがあります。 |
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| 第9位 | ミカエル8世パライオロゴス | Michael �次�Palaiologos | 3票 | |
| 在位:1261-1282 | ||||
| 帝国再建の功績は多大 何と言っても、ビザンティンを復興させた皇帝ですから。 第9位は、パライオロゴス朝の開祖「狡猾なギリシャ人」ミカエル8世。 <使者のコメント> 一人の人間としては評価に困りますが、有能な君主だったことは間違い無し! ビザンティンが、スケールの大きな外交戦略を使えた最後の時代でもありました。 |
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| 第9位 | ニケフォロス2世フォカス | Nikephoros �� Phokas | 3票 | |
| 在位:963-969 | ||||
| 『サラセン人の蒼ざめた死』!奸計に果てる悲劇的な死も英雄の条件です。 <使者のコメント> 軍人としての輝かしい戦果と、それとはあまりに対照的な死に方、彼にも人生の意味を考えさせられてしまいます。 |
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| 第11位 | コンスタンティノス5世”コプロニュモス” | Konstantinos �� | 2票 | |
| 在位:741-775 | ||||
| 永遠に無価値な偶像は砕け散るがいい! (゜∀゜) <使者のコメント> 父レオーン3世と同じく、イコノクラスムのせいで過少評価されている気がしますね。 |
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| 第11位 | ゼノン | Zenon | 2票 | |
| 在位:474-475,476-491 | ||||
| <使者のコメント> 大した治績が無いのにこの順位は立派です。凡人の星(笑)!? |
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| 第11位 | アナスタシウス1世 | 2票 | ||
| 貯蓄能力を買って。 <使者のコメント> 堅実な統治が評価されましたね。 |
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| 第11位 | レオーン3世 | Leon �� | 2票 | |
| 在位:717-741 | ||||
| アラブの侵攻をくい止めた名将。聖像破壊を始めて国内を混乱させましが。 <使者のコメント> なんとたったの2票!?アレクシオス1世やヘラクレイオスと並ぶ能力を持った君主なのに息子ともども過少評価され過ぎ! |
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| 第11位 | ヨハネス2世コムネノス | Johannes �� Komnenos | 2票 | |
| 在位:1118-1143 | ||||
| なんでベスト10に入っていないの <使者のコメント> これだけの名君がなぜ?というお気持ちはよ〜く分かります。でも答えは簡単です。知名度がないからです(泣)。 |
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| 第16位 | マヌエル1世コムネノス | 1票 | ||
| 第16位 | バシレイオス1世 | 1票 | ||
| 第16位 | コンスタンティノス7世”ポルフュロゲネトス” | 1票 | ||
| 第16位 | ユスティニアノス2世”リノトメトス” | 1票 | ||
| 第16位 | コンスタンティノス・ラスカリス | 1票 | ||
| 第16位 | ニケフォロス1世 | 1票 | ||
| 第16位 | コンスタンス2世"ポゴナトス" | 1票 | ||
| 下位はまとめてコメントをご紹介します。 軍事はダメだが、辞典に「天才的」外交手腕があったと書いてあったので(マヌエル1世) 是非彼が主役の『幻想の世界帝国 ビザンツ』(講談社選書メチエ)を読まれることをお勧めします。 財政出身の皇帝なのに財政はもちろん政治も良くがんばったと思います(ニケフォロス1世) コンスタンティノス・ラスカリス:ビザンツの足利義教…にはなれず。 |
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