ビザンツ関連書籍出版ラッシュを振り返る(2019/12~)

書籍紹介

2019年12月以降、例年にないほど多くのビザンツ関連書籍が出版されました。
本来でしたらビザンツ学会で話題にされたり、書評会が行われたりしたのでしょうが、今年は新型コロナウイルス感染拡大でそういったことも出来ず、残念ながら寂しい出版ラッシュイヤーになってしまいました、が、ここで振り返っておきましょう。基本的には出版順です。

アンナ・コムニニ(アンナ・コムネナ)『アレクシアス』

  • 著者:アンナ・コムニニ(アンナ・コムネナ)
  • 訳者:相野洋三
  • 解説:井上浩一
  • 出版社:悠書館
  • 出版年月日等:2019.12
  • 大きさ、容量等:563,275p ; 22cm
  • ISBN:9784865820409

言わずと知れたアレクシオス1世の長女アンナ・コムネナが偉大な父の歴史を記し(つつ弟のことをさりげなくdisった)た、コムネノス朝期ビザンツを語る上では外せない史料が、ついに日本語訳で出版。数年前からお噂は聞いていましたが、満を持して世に出ました。

翻訳版が出ただけでもすごい事なのですが、相野先生の詳細な註が付いた充実しきった訳本。ビザンツ史のみならず、アナトリアのトルコ人勢力や南イタリア・シチリアのノルマン人勢力などについて知る上でも重要な史料です。

個人的には漢字に原語発音(中世ギリシャ語)のルビ(例:皇帝ヴァシレフス諸都市の女王ヴァシリス トン ポレオン)が振ってあるのが、何か中二心を刺激されます。

アレクシアス
A5判 856ページ

リウトプランド『コンスタンティノープル使節記』

  • 著者:リウトプランド
  • 訳者:大月康弘
  • 出版社:知泉書館
  • 出版年月日等:2019.12
  • 大きさ、容量等:247p ; 19cm
  • ISBN:9784623087693

ニケフォロス2世フォカス治下の968年、ローマ皇帝を称した東フランク王オットー1世の名代としてコンスタンティノープルに赴いた、オットーの側近にしてクレモナ司教のリウトプランドですが、オットーの「ローマ皇帝」を認めるわけがないビザンツ側はリウトプランドを冷遇します。憤慨したリウトプランドがあることないこと罵詈雑言を並べ立て、ビザンツ側を非難したのがこの書です。正直ビザンツ目線で読むと胸糞悪い内容ですが、10世紀当時のビザンツの宮廷や国際関係を知る上では欠かせない1冊です。
http://www.chisen.co.jp/book/b454016.html

小林功『生まれくる文明と対峙すること : 7世紀地中海世界の新たな歴史像』

  • 著者:小林功
  • 出版社:ミネルヴァ書房
  • 出版年月日等:2020.01
  • 大きさ、容量等:356p ; 22cm
  • ISBN:9784862853059

7世紀、サーサーン朝との死闘を終えたばかりのローマ帝国は、今度はアラビア半島から急速に勃興してきたイスラームとの対峙を余儀なくされます。融和策?強硬策?どう対処していいのか分からないうちにシリア、エジプトを次々に失陥、さらには都までイスラームの襲来を受けるようになります。そんな時代、未知の新勢力に帝国がどう対峙・対処していったのかを、立命館大学教授の小林功先生が東はアルメニアから西はシチリアまで帝国の維持に奔走した皇帝コンスタンス2世(在位:641年 – 668年)の治世を中心に描きます。いわゆる「古代ローマ帝国」から「キリスト教化したギリシャ人のローマ帝国」であるビザンツ帝国へ移行する転換期に興味のある方には、是非とも読んで頂きたい1冊です。イスラームの最初の首都包囲が通説の674年ではなく、もっと早い654年であった、など新発見も多いです。

https://www.minervashobo.co.jp/book/b472720.html
小林 功 | 教員コラム | 立命館大学文学部
立命館大学文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりの“リアル”な教育・研究活動を紹介します

根津由喜夫『聖デメトリオスは我らとともにあり : 中世バルカンにおける「聖性」をめぐる戦い』

  • 著者:根津由喜夫
  • 出版社:山川出版社
  • 出版年月日等:2020.04
  • 大きさ、容量等:161,46p ; 20cm
  • ISBN:9784634672482

コムネノス朝期ビザンツの専門家である金沢大学の根津先生が、聖デメトリオスをキーに、第4次十字軍によるビザンツ帝国の瓦解によって混迷するバルカン半島史を描いた1冊です。聖デメトリオスは、ビザンツ人にとっての夷狄であるスラヴ人やノルマン人等から街を守ってくれるテサロニカの守護聖人でした。しかし、1185年、コムネノス朝末期の混乱の中でテサロニカはノルマン人によって陥落してしまいます。「聖デメトリオスは、テサロニカを見放して去ってしまった・・・」、そう人々が噂する中、ビザンツから離反してブルガリア帝国を復興させたペータルとアセンは聖デメトリオスは自分たちのところに来たと称して戦いを進めます。かくして聖デメトリオスはブルガリア再興の象徴となり、のちにはエピロス専制公国、セルビア人といったバルカン半島諸勢力での争奪の的に・・・オスマン帝国による制圧までの諸勢力混乱期のバルカン半島史を抑えたい方には、是非とも。

聖デメトリオスは我らとともにあり | 山川出版社
聖デメトリオスは我らとともにあり(一般書)/根津由喜夫のご購入は、山川出版社公式サイトで。「歴史書・教科書・学習参考書の山川」として様々な歴史刊行物を出版しています。一部書籍は目次もご覧いただけます。

中谷功治『ビザンツ帝国 : 千年の興亡と皇帝たち』

  • 著者:中谷功治
  • 出版社:中央公論新社(中公新書)
  • 出版年月日等:2020.06
  • 大きさ、容量等:304p ; 18cm
  • ISBN:9784121025951

井上浩一先生の名著『生き残った帝国ビザンティン』(1990年 講談社現代新書、のちに講談社学術文庫で再刊)以来30年ぶりの新書でのビザンツ史、しかも創刊編集者宮脇俊三以来歴史には定評のある中公新書ながら、おそらく初のビザンツ史(美術系では浅野先生の『イスタンブールの大聖堂』がありますが)の新書を、現日本ビザンツ学会会長の中谷先生が出されました。

内容的には前半は「テマ制」「イコノクラスム」といった教科書用語の実態を述べる部分や、クスっとしてしまう表現、コラムなどは間違いなく読んでいて面白いです。

ただ、中谷先生はビザンツ史でも中期前半、アモリア朝くらいまでがご専門なせいか、でマケドニア朝後半以降になると素人目でも「?」となる記述が出てくるようになり、さらに誤字脱字もあったために実際に上で紹介した根津由喜夫先生(コムネノス朝期がご専門)にReserchmapのブログでダメ出しされる事態になってしまっています(その後、井上・小林・南雲先生らからも修正点が指摘された結果、第2版で訂正が入ったりもしました)。

やはり、かつてより研究が進展している分だけ、1,000年もある歴史を一人で書くのは難しい(中国史で五胡十六国から明朝中期まで一人で書くとか、日本史で古墳時代から応仁の乱直前まで書くとかを想像して頂きたい)のかなぁということも感じさせられました。

ビザンツ帝国|新書|中央公論新社

井上浩一『歴史学の慰め : アンナ・コムネナの生涯と作品』

  • 著者:井上浩一
  • 出版社:白水社
  • 出版年月日等:2020.07
  • 大きさ、容量等:322,7p ; 20cm
  • ISBN:9784560097762

ビザンツ史に興味のある人になら説明するまでもない、ビザンツ史の泰斗井上浩一先生が、最初に挙げた『アレクシアス』の著者アンナ・コムネナの生涯と作品について書かれました。当然『アレクシアス』買った人はセットで買わないとダメなやつです。

第一部のアンナの生涯もさることながら、この書籍の特に凄い所は第二部の「作品」です。ここではアンナが書いた『アレクシアス』の執筆過程・執筆方法、アンナの史料の扱い方を丁寧に、そして時には文学的ともいえる筆致で紐解いていきますが、この過程は、歴史学における史料の扱い方の手ほどきにすらなっています。そして井上先生は、新聞の書評などにもあったように、「叙述対象への思い入れを隠さず、かつ歴史書としての水準は下げない」「歴史叙述に文学など他のジャンルの手法を持ち込む」というアンナが『アレクシアス』で用いた手法をあえて使ってアンナの叙述に迫っています。従って歴史学の専門的な学術書を読んだのに、最後には文学作品を読んだような読後感を得るという稀有な1冊になっています。これは、もうこれは流石井上先生だなぁ、と感心させられるしかありません。

歴史学の慰め - 白水社
歴史学はなんのためにあるのか ビザンツ歴史文学の最高傑作を読み解く 歴史が男の学問とされていた時代に、ビザンツ帝国中興の祖である父アレクシオス一世の治世を記した、皇女の生涯をたどり作品を分析する。皇女

『《歴史の転換期》3.750年普遍世界の鼎立』

  • 編者:三浦徹
  • 出版社:山川出版社
  • 出版年月日等:2020.08
  • 大きさ、容量等:228p ; 20cm
  • ISBN:9784634445031

『歴史の転換期』シリーズとしては南雲先生担当の「378年」に次ぐビザンツ史が登場。担当は大月康弘先生。コンスタンティノス7世の『帝国統治論』を中心に、ビザンツ帝国の世界認識、周辺諸国への「華夷秩序」意識などに触れています。先述のリウトプランドが比較的厚遇されたコンスタンティノス7世時代の訪問記も出てきます。

《歴史の転換期》3.750年普遍世界の鼎立 | 山川出版社
《歴史の転換期》3.750年普遍世界の鼎立(一般書)/三浦徹のご購入は、山川出版社公式サイトで。「歴史書・教科書・学習参考書の山川」として様々な歴史刊行物を出版しています。一部書籍は目次もご覧いただけます。

田中創『ローマ史再考: なぜ「首都」コンスタンティノープルが生まれたのか』

  • 著者:田中創
  • 出版社:NHK出版
  • 出版年月日等:2020.08
  • 大きさ、容量等:254p ; 19cm
  • ISBN:9784140912652

どちらかといえば、ビザンツというより古代末期ローマ帝国の書籍ですが、15世紀まで生き延びていくローマ帝国東方部のダイナミズムを描いています。
従来の研究では「後世ビザンツ時代に書かれていることとは違って、コンスタンティノープルは創建当時、ローマに替わるほどのものではなかった」というのが一般的ですが、本書を読むと意外と初期からローマ市的な要素をコンスタンティノープルに作っていたんだなぁと言うことも書かれており、色々な意味で再考させられる1冊です。
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000912652020.html

 

コメント

  1. […] ただし、これはビザンツ関連書籍出版ラッシュを振り返る(2019/12~)でも書いたように、コムネノス朝以降はやや残念な内容ですので、注意が必要です。 […]